誠実という名のイタリア料理店が、 赤湯に星を灯す
OSTERIA SINCERITA オステリア・シンチェリータ

黒い下見板張りの塀に、ささやかに灯る『OSTERIA SINCERITA』の名。中もまた、同じ板塀を高く回した坪庭のような空間だが、空へと抜けて胸がすく。流線形の砂利道を歩き、かつては大浴場だった木造りの一棟へ。シェフである田誠さんは、地元である新潟県三条市に開いた「イル リポーゾ」でミシュランの一ツを獲得した実力派。原田さんの料理に惚れ込んだ『山形座 瀧波』の主・南 浩史さんが「置賜盆地―魔法の盆地―」の美味の幸をテーマにした彼の料理を楽しむための究の一亭として、この空間をつくり上げたのだ。
「ただただ素直に、とてもおいしいと思いました」。初めて置賜盆地の食材を味わった時の感想を、原田さんはそう語る。
「自分が料理してきた越後平野の食材とはまた違う、盆地ならではの寒暖差がこの味を育てるのでしょうか。黒澤ファームのお米は、正直、新潟の米よりもうまいと思ってしまった」
イタリア料理のマイスターだが、15歳の頃から15年の研鑽を積んだ日本料理への精通が、南さんが目指す新たな食のかたちとシンクロしたのだろう。イタリア料理と日本料理、ふたつの食文化に通底するものを鍵に、置賜盆地にちりばめられた良質なファクターをひとつの皿に、そして一夜のコースに表現してゆく。そう、それはまるで、星々を繋いで星座を描くように。
今宵の始まりは、白子のポシェとトピナンプール(菊芋)のクリーム&チップス。土の香りをはらんだ菊芋のクリームと白子のクリームがとけあい、チップスのクリスプがアクセントを置く。もう一品は、ジャガイモのクリームとリンゴ酢のビネガーシート、キャビアを重ねて。2種類の芋の個性を並行比較して楽しむ趣向だ。こうした対照の構図がコースの中にさまざましのばせてあり、食材の幅広さと奥深さ、両方に気づかせてくれる。舟形マッシュルームを3つの皿で楽しむ局面はまさにそれで、塩と水のみを加えたマッシュルームのスープ、笠にトマトとハーブを詰めて焼いたオーブン焼、フレッシュなスライスとクリームを重ねたタルトの3皿を流れるように味わう。ひと皿ごとにテクスチャーも風味も重量感を増し、マッシュルームの風味が仕立てによってどのように味わいに作用するのかを大いに知ることができる。
原田さんの縁深き新潟産のズワイガニを使ったタリオリーニに続くプリモピアットの2皿目は、最初の皿でも活躍した高畠産のジャガイモと「黒澤ファーム」の「夢ごこち」。牛頬肉の煮込みとトリュフが堂々たる味わいだが、それを支えるのは芋と米の旨さだ。
素材の種や部位、調理法の違いによってひきだされる魅力。その対照を米沢牛で体験できるとは、なんたる贅沢だろう。フィレとハツは薪火で炙りビステッカに。薪の香りとジューシーな焼き上がりに、それぞれの部位の美点が浮き彫りとなる。葉はピクルスに、茎と根はナムルに仕立てた赤根ほうれん草も、心憎いガルニだ。サーロインは『瀧波』に湧く飲泉で脂を落としながらポトフに。合わせる野菜も小野川豆もやし、堀込せりなど南陽ならではのものだ。器の底には「夢ごこち」。スープを吸った米の旨さを、ひと粒残さず楽しみたい。
雪国レモンのドルチェに3種のピッコロドルチェまで行きつくころには、ここがなぜオーベルジュスタイルなのかを身をもって知るだろう。眼の前で繰り広げられる調理のライヴ感とその闊達な味わい、ナチュラルワイン。心の芯まで酔うには十分のドラマティックな体験に、まだいつもの日常には帰りたくない、と欲が出る。その当然の欲に応えるために、3つの客室と生まれたての源泉、溌溂とした朝食が用意されているのだ。そう、ここは『OSTERIA SINCERITA』。なぜ、リストランテではなくオステリアなのか。それは元来、オステリアが食堂を兼ねた宿を意味しているからだ。置賜盆地の四季を映した誠実なイタリア料理。それを味わうためだけに泊まる。そんな夜があってもいいだろう。



「米沢牛×2」。フィレとハツは薪火焼に。スパイシーかつエレガントな「バルバレスコ・ロッカリーニ2018」とともに。飲泉でポトフ仕立てにしたサーロインには長井蔵で醸した「磐城壽 アカガネ」を燗で合わせて。

サイト掲載日
雑誌掲載日
※本記事の情報は掲載時の情報です
- 取材・文:ナルトプロダクツ
- 写真:池上勇人