建築さんぽ
東北大学 片平キャンパス

今回の散歩コースは広瀬川を挟んで仙台城と向き合う河岸段丘の上。かつて伊達家重臣の屋敷が並んでいた地区に広がる東北大学片平キャンパスだ。仙台を代表する近代建築群を一挙にご紹介。
※史料館、ひすとりあ、階段教室以外は一般公開をしていないため、訪問の際は公開日をHPにて要確認。「21世紀情報通信研究開発センター」は建物内部の見学は不可。
片平キャンパスの始まりは1888(明治21)年、旧制第二高等中学校舎の着工にある(現在の仙台二高とは全く別)。やがて、宮城県尋常中学校(現・仙台一高)、仙台医学専門学校、仙台高等工業学校(SKK)なども創設。南六軒丁の向かいには東北学院大学専門部も設置され、仙台きっての文教地区に。1907(明治40)年に東北帝国大学ができ、5年後には医学専門部や工学専門部として包摂、12年後には学部制へと移行していくが、そうした経過を物語る建築が残り、国登録有形文化財が13棟も並んでいる。
本シリーズでおなじみの大沼正寛東北工業大学教授も東北大学工学部出身。最終回にあたり、キャンパス内の建物群を一緒に訪ねてみた。
朝一番に集合したのはキャンパス南端の旧仙台高等工業学校建築学科棟(現・21世紀情報通信研究開発センター)。東北学院大学と南六軒丁通りを挟んだ3階建ての建物だ。1階中央部分が通り抜けできるヴォールト状になっているのが印象的だが、これは1930(昭和5)年の建築当時、南六軒丁側を正面玄関として校地のゲート的役割を果たしたから。
「若い学生たちが学ぶ合理的で新しい空間を造ろうとしたのでしょうね。私の恩師もここで学んだ一人で、2・3階の製図室で徹夜で作業したと聞きました」と大沼さん。
縦長の窓は洋風でありながら、腰石壁に縦長窓と、2階まではややクラシカルな印象。ほぼ全面に当時流行したスクラッチタイルが張られるが、上層の一部は大壁を張り出すことで窓を横長に連続させ、モダンな印象だ。東日本大震災後に内部から外壁やサッシに至るまで改修をしたが、全体的に当初の形態を保つ。ちなみに竣工当時、向かいの東北学院にはすでに1926(大正15)年築の本館があった。「そちらは秋保石の外壁を持つカレッジゴシック系の様式。伝統性に対して、技術系学校ゆえの近代性が意識されたのかどうかも興味深いです」
SKKを後にして北上すると、右手に旧東北帝国大学工学部機械学及び電気学実験室(現・多元物質科学研究所事務部棟)が見えてくる。1929(昭和4)年築。クラシカルな造形を再構成しており、こぢんまりしつつも東北帝大工学部建築群の初期の姿が窺える。設計の中心となったのは、当時営繕課長だった小倉強。のちにSKK教授、戦後は東北大学教授に。東北の民家研究を創始する一方、各地で建築設計を手がけた人物だ。


大きな通りに戻るとヒマラヤ杉の木立の中に、ちらりと赤レンガの建物が見える。黒瓦葺の寄棟屋根を載せた独特の外観は旧第二高等学校書庫(現・文化財収蔵庫)。「1910(明治43)年に建てられた頃は木造校舎群の中にあって、耐火性の高いレンガで頑丈に造られたのですね。学府の知能を収蔵する点でいうと、現代のサーバー室のようなものでしょうか」
四隅と壁の中間に補強を目的とした添え柱を設け、その柱は下に行くほど太い。安定性と堅牢さを重視しつつ、基壇部にも換気口を設けるなど、土蔵にもみられるような配慮が行き届いている。
次にめざすは旧東北帝大理学部化学教室棟(現・本部棟1)。正門に続くメインの通りとの角地に威容を誇る。一番町方面からキャンパス北門を入って右手の巨大な建物、というと分かりやすいかも。1935(昭和10)年完成で、SKKと同じスクラッチタイル張り。「垂直線を強調した外観は威厳を感じさせます」
その裏手には、「魯迅の階段教室」として知られる旧仙台医学専門学校六号教室がある。1904(明治37)築で白色ペンキ塗りの南京下見板張り。デッキでつながる旧仙台医学専門学校博物・理化学教室(現・東北大学本部棟3)と共に、キャンパス草創期の貴重な遺構といえる。
現在の通称は、医師をめざして中国から仙台に留学していた周樹人青年、のちの文豪魯迅が学んだ場所だから。太宰治の『惜別』にも描かれた藤野先生と出会い、日露戦争に関する幻灯(スライド)を見て衝撃を受け、文学の道へと人生を転換した重要な教室だ。なお、理学部化学教室棟の建設などで、旧医専の建物の殆どが失われ、この教室も、当時から180度反転した状態で保存されている。
さて、続いて東北大学史料館へ。1925(大正14)年に旧東北帝大附属図書館閲覧室として建てられたもので、一般公開されているから訪れたことのある方も多いのでは。寄棟の瓦葺屋根にベル形の銅板葺きの塔屋が特徴的な、ロマネスク風の建物。史料展示室となっているのは2階の間仕切りのない大空間だ。外から半円アーチに見える窓は、内部から見るとドーマー風の窓となっている。「大屋根を支える構造部材が下がってくるのでヴォールト天井のようになっているのだと思いますが、それによって窓の明るさと小屋裏感が、長居したくなる雰囲気を醸しています」と大沼さん。これも小倉強の設計による。
最後はキャンパス西北端の旧東北帝大理学部生物学教室(現・本部棟7)。鋭角的な角地に建ち、片平丁通りからもその特徴である円形コーナーが見える。「円形平面と鋭角敷地に呼応するように、エッグ&ダーツという復古系の装飾もあしらわれていますね」。内部には東北大学の歴史、学術成果を公開する施設「東北大学ギャラリー ひすとりあ」があるので、散歩のしめくくりに立ち寄るのもおすすめだ。
以上、ちょっと急ぎ足の半日コース。まちは日に日に春色にあふれ、緑を増してゆく。身近な場所の建築さんぽ、いかがですか。
COLUMN
緑と調和する、 キャンパスデザイン
北門からSKKへとキャンパスの南北を貫く通りは江戸時代、桜小路と呼ばれていた。それと交差する広い道、つまり片平丁の正門から続く通りは大正期の法文学部設置を機に整備されたもの。これらをメインの通りとして、主に敷地の外縁に大規模で象徴的な建築を、中央部分に中小の建物を配してきた。キャンパスはクロマツ、イチョウ、メタセコイア、ヒマラヤ杉などの植栽も実に豊か。4月にはシダレザクラが咲き誇るなど、建築群と調和しながら、学び舎としての景観を生み出している。


東北大学 片平キャンパス
- 住所
- 仙台市青葉区片平2-1-1
- 住所
- 仙台市青葉区片平2-1-1
サイト掲載日
雑誌掲載日
※本記事の情報は掲載時の情報です
- 文:千葉由香(荒蝦夷)
- 写真:池上勇人