歴史を忘れず、未来へ。 弘前に新たなるシンボル
弘前れんが倉庫美術館

近代産業遺産の一端を担う煉瓦倉庫がリノベーションされ、『弘前れんが倉庫美術館』として新しい役割を授けられたのは、2020年4月のこと。コロナ禍中の開館を応援したい気持ちがあり、Kappoの誌面で紹介したことがある。メールでのやり取りだけだったので、実際に訪れる日を楽しみにしていた。
館内は記憶の継承をコンセプトに、建築家の田根剛さんが改修を担当。屋根にはかつて国内で初めて大規模なシードル醸造を成功させた歴史から取られた、シードル・ゴールド色が光る。新旧の煉瓦に違和感が生まれないよう、新しい煉瓦の焼き色を調整する、墨を塗るなどした工夫が随所に見られる。見た目を損なわないような耐震補強を施し、貯蔵室だった展示空間の壁は、倉庫時代に防虫のために塗られたコールタールがそのまま。現代美術を展示する美術館の多くは、一面真っ白なホワイトキューブであることが多いが、アーティストたちがこの黒い壁をどう使うのか、新しい創造に期待できそうな空間だ。
訪問時は、弘前での奈良美智展を振り返る「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」を開催していた。煉瓦倉庫は1907(明治40)年頃から1923(大正12)年にかけて建設され、日本酒工場、シードル工場、倉庫、食料庫など時代の変遷とともにさまざまな形で利用されてきた。建物の有効活用を求める市民から声があがり始めた頃、当時のオーナーが、奈良美智さんの作品と出会い、所属画廊に電話。これがきっかけで、2002年、煉瓦倉庫が巡回展の会場の一つになった。それまで、倉庫が一般に開放されることはほとんどなかった。その展覧会からちょうど10年の2022年の秋からスタートしていた。エントランスに佇む《A to Z Memorial Dog》は、奈良さんから煉瓦倉庫時代の展覧会に関わってくれた人たちへの感謝の気持ちとして寄贈されたもの。弘前市のシンボルとも言える建物で、地元出身の今をときめくアーティストが展覧会を開くとあって、市内各地、県内外からボランティアが参加した。「市民待望の美術館だったんです」と話す、広報チームの大澤美菜さん。当時のボランティアの中には、奈良さんの展覧会との出会いから、現代アートの道に進んだ人もいるそう。“記憶の継承”は、市民やアーティストにまで浸透している。

サイト掲載日
雑誌掲載日
※本記事の情報は掲載時の情報です
- 取材・文:小林 薫(編集部)
- 写真:齋藤太一