驚愕!比内地鶏コース
鳥天狗

比内地鶏は言わずと知れた秋田の特産品だが、全国で流通する鶏肉全体の0.1%にも満たないという。その貴重な比内地鶏を、希少部位まで、コースで楽しませてくれる。
店主の甲野隆紀さんは石川県出身。元SEという異色の経歴の持ち主だ。地鶏料理店などで働きながら料理人としての知識を学び、東京・池袋に『鳥天狗』を開業。その後、妻・奈都美さんの出身地である秋田県への移住に伴い、秋田市仁井田に移転。
2018年に現在の場所に移った。その間ずっと鶏料理専門。「でも比内地鶏を使えるようになったのは今の店舗に来てからです」
東京でも人気の比内地鶏は、生産者によって品質や味は微妙に異なるといい、甲野さんは池袋で営業していた頃から、ある生産者に注目していた。「東京では手に入りにくくても秋田なら、と連絡したのですが、東京にしか卸していないと断られました」。市場に流通する若鶏に比べ3倍の値段。県内に卸しても「高いと言われ売れない」と理由を聞かされ一度は断念した。しかし偶然にも現店舗の大家の知り合いとわかり、定期的に仕入れられるようになった。
この日最初のメニューは「モモ肉焼き」。すると「アカとコシを焼きますね」の声。さすがに驚きを隠せない。
モモ肉にも部位がある。アカはモモ肉内側の筋が少ないところ。「赤くふっくらしているので私はアカと呼びますが、オビやオイスターミートと言う人もいます」。そしてコシはお尻に近い腰あたりの肉のこと。どちらも希少部位だ。「熱々のうちに」と促され口に含む。アカは噛み応えのある身の旨みが際立ち、「皮と皮下脂肪だらけ」というコシは意外にあっさりして、ほんのりとした甘みも感じられる。「モモ肉はすき焼きにすると脂がおいしい。〆はすき焼きにしましょう」。期待が高まる。
「次はボンジリとペタを焼きます。ペタですか?しっぽを動かす小さな筋肉を、周りの分厚い皮や皮下脂肪とともに切り出した部位のことです。これも脂がおいしいので熱いうちにどうぞ」。むにゅっとした食感、あふれ出す肉汁。
こんな感じでコースは進む。「比内地鶏の魅力はたっぷりの脂分。じゃまもの扱いされることもありますが、その脂こそが旨み」とすべてを使い切る。レバーや砂肝、挽き肉などなじみの部位も、野菜や薬味の取り合わせと多様な調理法で飽きさせない。
ほとんど流通しない、名前も知らない希少な部位を提供できるのは、内臓や頭など決められた部分を取り除いた丸鶏で仕入れ、甲野さん自らさばくから。店はほぼ一人で切り盛りしているのでラクではないが「ひと通り食べてもらうことが、比内地鶏にとってもいいこと」と話す。「秋田の人はダシを取るものと思っているし、肉は硬いというイメージが強く、食べる機会も減っています。多くの方に本来のおいしさを知ってもらいたいと思っています」。熱い想いが伝わってくる。


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- 取材・文 :川野達子
- 写真:池上勇人