緻密に再構築された 味わいの凄み
アビー

山形に生まれ育った安孫子航基さんにとって、七日町はなじみ深い遊び場。2020年、『アビー』がこの場所に明かりを灯したことで、七日町の夜は明るくなった。『アビー』が教えてくれる山形食材の新たな魅力、日本料理の新たなスタイルが、さらに明るく夜を照らすだろう。
調理師学校で学ぶうちから日本料理店で働き、卒業後は東銀座の名店「徳うち山」に入った安孫子さん。「徳うち山」の創業者である工藤淳也さんもまた、山形出身の才人。全国から集まる素材、全国から集まる粋人たちを相手にしながらも、安孫子さんが故郷である山形を心に抱き続けたのは、師の存在が大きかったのではないだろうか。工藤さんのもとで日本料理の本道を学び、広尾の『CHIUnE』で意外性に満ちたイノベ―ティヴを学び、安孫子さんは山形へと戻った。『アビー』を開いた時、安孫子さんは24歳。確かに若いが、並みの24歳にはできない濃密な修業時代が現在の味の基礎を担っている。
口開けの酒肴には、庄内鴨のロース。脂たっぷりの皮側を炭火で炙り固め、赤ワインなどでマリネードして低温真空調理。ブラッディなジュの旨みをかんずりが好アシストし、もはや出会いものとすら言える「デコイ・カベルネ・ソーヴィニヨン」との相性をさらに高める。赤笹シャモと名古屋種をベースにした大江町産のやまがた地鶏の手羽先は、北京ダックの手法で干して水飴と酒を塗り、再度干して素揚げに。ぱりぱりの皮の下は、弾力も旨みも倍増だ。

『アビー』の夜の看板料理は、季節を問わず「極上水炊き」。主役となる山形さくらんぼ鶏は、地鶏でこそないが強い旨みとジューシーさが特長。モモ肉を3日間ほど風干ししてさらに味わいを凝縮し、肉の繊維に沿って剝ぎとるように捌き、太腿側の方だけを皿盛りに。スネ側の方は、スジや歯ごたえの強さを活かして軟骨やネギと合わせ粗挽きのつくねに仕立てる。一羽丸ごとの鶏を知り尽くし使い尽くす安孫子さんならではの手法は、鍋に張ったダシにも徹底。煮凝り状のダシは、鶏と塩のみでできている。種鶏、いわゆる老鶏を丸ごと12時間ほど煮込み、旨みを詰めてゆく。香味野菜すらよけいだと思えるほどに純度の高い旨みの中で、つくねは煮えるほどにダシを吸い込み、モモ肉はその身の旨みを内側に閉じ込めてゆく。姿はごくシンプルかつスタンダードだが、味わいは恐ろしく緻密なリストラクチュアリング。これが安孫子さんの本質だ。




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- 取材・文:ナルトプロダクツ
- 写真:池上勇人