時代に即した利便性を兼ね備え、100年の歴史が再び動き出す
本館古勢起屋

大正末期から昭和初期にかけて建築された和洋風の木造建築が、銀山川の両岸に威風堂々と立ち並ぶ銀山温泉の光景は圧巻の一語に尽きる。しかしながら築100年を超える歴史的建築物の維持・継承は容易なことではない。
そんな中、大規模なリノベーションを経て昨年7月に開業した『本館古勢起屋』が注目を集めている。大正時代に2階建ての旅館として建築され、昭和初期に3階建てに増築された宿は20年ほど前に休館していた。「当初から改修を視野に検討していたのですが、震災などの影響で延期を余儀なくされました」と支配人の山口恭平さん。再始動が決まった2017年から5年に及ぶ改修工事を進めてきた。
その外観は従来と変わらぬ風格ですっかり周囲になじんでいる。「大正浪漫の郷愁漂う、非日常の街並み全体が銀山温泉の魅力です。外観は形を変更せず、既存の仕上げ材や建具、看板もできるだけ再利用して温泉街にふさわしい姿を再現するに至りました」

内部の間取りは大幅に変更したが、当時の佇まいを可能な限り再現すべく古材や伝統工芸の木組みなどはそのまま活用。新しい木材も着彩せずにあえてそのまま使用しており、新しいなりの経年変化は今後の楽しみである。
14室ある客室も非日常感にあふれた設え。2階と3階に各1部屋ずつの純和室はほとんど手を加えていないといい、明かり障子や組子の意匠など職人たちの卓越した技とこだわりを堪能できる。「その他はベッドを配した板の間のお部屋です。旅行会社の表記では和洋室となっていますが、当館としてはそれも和室という考え。より快適な空間で大正時代の雰囲気を感じていただけます」


新たなサービスとして、オールインクルーシブを導入した。館内のアルコール類を含むすべての飲み物と、夕食会場となる『野川亭』や『湯けむり食堂 しろがね』の代金もすべて宿泊料金に含まれる。「滞在中は時間や費用を気にせず、銀山温泉のゆったりとした時間の流れを感じていただくのが狙いです」。ルームキーを兼ねた二次元バーコード入り木札をかざすだけという利便性のよさは宿泊客の評判もいい。その木札はチェックアウト後に記念に持ち帰ることもできる。
銀山温泉街は車の乗り入れが規制されている。600mほど離れた専用の駐車場から送迎してもらうこともできるのだが、ぜひ15分の道のりを歩いて坂道を下ってほしい。しろがね橋のその先に突如として現る温泉街の風景は一見の価値あり、である。


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- 取材・文:川野達子
- 写真:加藤友一