「幻のそば」のおいしさを、新幹線で気軽に
奥信濃の山あいに伝わる野趣に富んだ「富倉そば」

飯山市富倉地区に伝わる「富倉そば」。長い間、この地域でしか食べられてこなかったため「幻のそば」と呼ばれる。飯山市の伝統的郷土料理として笹ずしと双璧をなす。
職人の工夫と手間が半端ない「富倉そば」の魅力
「オヤマボクチ」の葉の繊維をつなぎに使った富倉そば。十割そばにも負けない香りの良さとコシの強さ、のど越しの良さが魅力だ。地域の人たちは「おらっちのそば」と呼ぶほど、当たり前に食べてきたが、一部では「幻のそば」と呼ばれている。
そもそも、オヤマボクチとは―。周辺の山に自生しているキク科の植物で、葉がゴボウに似ていることから、別名・ヤマゴボウとも呼ばれる(最近では、栽培している)。通常、そばのつなぎには小麦粉が使われるが、麦が栽培できなかった飯山の山間地で、おいしいそばを食べるために先人たちはオヤマボクチを使った。葉の裏側には産毛のような綿毛が生えていて、これを丁寧に取り出してつなぎにする。ただ、取り出すのは簡単ではない。摘み取ったオヤマボクチの葉を何日もかけ天日に干し、葉脈を取り除き、煮て、洗ってを数回繰り返して、ほぐす。その後乾燥させて完成する。こうした工程を経て、最終的には、繊維だけを残すが、時間と労力をかけて、繊維の精度を上げていっても、取り出せる量は、葉1㎏から4、5gほど。かつては、こうした作業を豪雪地帯の冬に行っていたというから、驚きだ。加えて、繊維をつなぎに使うため、構造上、機械は使えず「手打ち」が基本。一度に打てる量には限りがある。また、こねる時間を約30分と長くすることで、独特のツヤと強いコシが生まれる。オヤマボクチ自体はほぼ無味無臭なので、そばの味が生きるというわけだ。
そばの実を収穫した秋には、祝いの祭りが行われ、富倉そばが振舞われた。非常に複雑な工程を経たそばが、奥信濃の限られた地域でのみ食べ継がれてきたことが「幻のそば」になった理由だ。先人の工夫と職人の技と苦労が詰まったそばを、ぜひ一口ずつ、しっかりとかみ締めて、コシと弾力、何よりフワッと広がるそばの香りを味わってほしい。現在は、北陸新幹線や高速道路も整備され、アクセスしやすくなったので、気軽に幻のそばを食べに出かけてみては。

伝統の富倉そばを受け継ぐ店
職人が手間暇をかけて作ったそばだけに、「本物」の富倉そばが食べられる店は、実は減っているそうだ。ぜひ、幻になってしまう前に味わって、これからも受け継がれるように応援したい。
郷土食の傑作にほれ込み修業したそばが評判
「郷土料理の中でもとりわけ個性的で味わい深く、郷土料理の傑作」とまで言い切り、富倉そばにほれ込んだ店主の・小野宣さん。富倉出身の本店の親方の下で修業を積み、飯山市内に開店した。そば粉は国内産の玄そばを店内の石臼で石挽きし、市郊外の畑で育てたオヤマボクチを店内でつなぎに加工するなど、原料づくりからこだわった、おいしいそばが評判を呼んでいる。毎朝手打ちする細めの麵は、コシが強く洗練された味。抹茶塩でいただくサクサクの天ぷらと合わせるのもおすすめ。


新装開店後も、伝え続ける「幻の味」
旧富倉小学校跡地にあり、周囲を山に囲まれた富倉そば発祥の地にある。2025年4月のリニューアル後は、「富倉そば振興会」が運営する。会長で店主の広瀬大司さんは、富倉そばのおいしさにほれ込み、大阪から移住し、地元に住む「師匠」とともに、地元飯山産のそば粉を、その都度製粉して打っている。
「コシの強さと野趣あふれる風味は文字通り『唯一無二』のそば。ぜひ、受け継いでいきたい」と意気込む。かじか亭は細麺が特徴。そのため、「かんで食うもの!」といわれる、やや太麺の富倉そばの中では、初心者でも受け入れやすいだろう。売り切れ御免だが、取り置き可能なので、首都圏や関西圏など遠方から来る人は事前連絡がおすすめ。


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