南部鉄器のまちを巡る旅
“鉄”が生み出す美味しさを体験!

岩手県奥州市の玄関口となる、水沢江刺駅。周辺にはたくさんの鋳物工場が集まり、南部鉄器のまちとして栄えてきた。職人の手仕事が光る伝統工芸の質実剛健な魅力に触れ、この鉄器によって生まれる美味を探しに出かけてみよう。
伝統を守りながら、進化し続ける南部鉄器
岩手県奥州市唯一の新幹線停車駅、水沢江刺駅。ホームに降り立つと、新幹線の発車メロディが耳に心地よく響く。同市出身のミュージシャン、大瀧詠一の代表曲「君は天然色」だ。小さな発見に心躍らせながら、向かう先は南部鉄器の老舗である。水沢エリアには、鉄瓶や鉄鍋を手がけるたくさんの鋳物工場が集まる。南部鉄器の産地としては盛岡も有名だが、実はその歴史を異にしている。先に鋳造が始まったのは水沢で、奥州藤原氏が平泉に栄えた時代(1090年頃)にまでさかのぼる。初代当主・藤原清衡が西から鋳物職人を呼び寄せ、中尊寺の梵鐘などを製造させたのだという。そんな歴史に思いを馳せながら、のんびり歩くこと10分ちょっと。いよいよ「OIGENファクトリーショップ」が見えてきた。

「OIGEN」ブランドを展開する及源鋳造株式会社は、1852年(嘉永5年)に創業。明治・大正期は及川源十郎鋳造所として、ご飯を炊く釜や汁物用の鍋を多く手がけてきた。昔から鉄器は、東北の暮らしに欠かせないものだったという。「冬の寒さが厳しいので、農作業などがなく手が空きやすい時期に、陶土が凍ってしまい土鍋をつくることができなかったようです。そして、竈がある台所でご飯をつくって別の場所で食べるより、暖がとれる囲炉裏を囲みながら、吊るして煮炊きできる鉄鍋が重宝されたんです」と教えてくれたのは、社長の及川久仁子さんだ。産地であるここ岩手では、台所には南部鉄器のすき焼き鍋や鉄瓶が、茶の間には鉄の急須があり、現代においても身近な暮らしの道具の一つなのだという。ゆったりとした空間に並ぶ鉄瓶の繊細な意匠に目を奪われていると、「白湯の飲みくらべをしてみませんか」と声をかけてくれた。電気ポットで沸かしたものとくらべて、鉄瓶の白湯のなんとやわらかく、まろやかなこと! 隣接する工場も見学させてもらうと、そこは熟練の技が見る者を圧倒する“職人の世界”。真っ赤に燃える鉄を自在に操り、一つ一つの製品を確かな手仕事で仕上げる。その鮮やかで繊細な動きに、改めて心を動かされた。




南部鉄器が引き出す、地元食材の豊かな味わい

南部鉄器でつくる料理を味わうべく、「OIGEN」から北へ車を10分ほど走らせた場所にある、老舗料亭の「新茶家」へ。七代目料理長の和賀靖公さんは京都の「瓢亭」などで研鑽を積み、2015年に暖簾を受け継いだ。和賀さんの料理には、地元食材の豊かな味わいを引き出す南部鉄器が欠かせない。
「なんといっても蓄熱性に優れています。早く美しい焼き色がつき、食材の水分もとびません。鉄には遠赤外線効果があるので、ふっくら火を通せるのも強みですね」。
たとえば懐石料理コースの一品“岩泉町産ジャージー牛の炭火焼き”は、南部鉄器のフライパンで先に焼いて旨味を閉じ込めてから、炭火で仕上げる。酪農が盛んな岩手だからこそ味わえる希少な牛の赤身は、しっとりとしてミルキー。南部鉄器の魅力を料理で楽しめることも、産地を訪れる旅ならではの醍醐味なのである。

「新茶家」七代目料理長の和賀靖公さん。「秋には松茸をぜひ、召し上がっていただきたいですね。土瓶蒸しならぬ“鉄瓶蒸し”でお出しします」。



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※本記事の情報は取材時の情報です
- 文:大沼聡子
- 撮影:安彦幸枝