信念を貫き、本物の発酵と熟成を新たな商品づくりに活かす
壽屋 寿香蔵

氷雪の冬を生き抜く糧として、酷暑の夏に働く供として、東北の暮らしに漬物は欠かせない食文化だった。しかしその塩分量が病因として問題視されるようになると、多くの漬物は減塩と引き換えに保存料や化学調味料に頼らざるを得なくなっていった。

「それがあたりまえとなっていた時代に、うちの漬物には食品添加物を一切使わないと決めて実行したのが、私の父である横尾昭男でした。当初は、味が薄くなった旨みが足りないと言われることも多かったそうです。しかし、父は酢を使って野菜本来の旨みや甘みをひきだしつつ保存性も高められないか、と考えます。試みは成功しましたが、今度はその酢に疑問を持ち、本当の意味での食品添加物不使用を目指すなら、添加物を使っていない酢を自家製造するしかないという結論に至ったんです」
横尾友栄さんは、父の志をそう振り返る。東根の特産物であるりんごに着目し、もろみ免許を取り、りんご果汁100%をアルコール発酵させたのちに酢酸発酵させ、熟成させる。このりんご酢によって『壽屋』の漬物はやわらかく清々しい旨みを得るとともに、「茜姫」という愛し子のような商品をも生み出したのだ。
花の時期に雪が降る東根でも栽培でき、大粒の実をつける節田梅。これを完熟で摘みとり、砂糖とりんご酢、ほんの少しの塩のみで漬けたのが「茜姫」だ。蜜のように滴る甘さと、心地よい酸味。素朴と洗練を併せ持つ、なんとも贅沢な味わいだ。
平成の『壽屋』を支えてきたりんご酢。令和のいま、このりんご酢がまた新たな展開を見せている。
「最初は漬け込み材料として使うだけでしたから、使い切れなかったりんご酢を蔵で寝かせていました。しかし1年、2年と四季を経るうち、おいしさが増してきたことに気づき、3年熟成の『本格醸造りんご酢』として売り出すことになったんです」
大人気商品へと化けたこのりんご酢だが、その底力はさらに深い。「アルコール発酵と酢酸発酵の二段構えプラス熟成という、私たちのりんご酢のおいしさのメカニズムが明らかになれば、さらなるおいしさの探求にきっと役立つはずと思い、慶應義塾大学先端生命科学研究所と山形県工業技術センター食品醸造技術部と共同研究をしました。その結果、市販のリンゴ酢よりも旨みが強いことが科学的に確認されたんです」。現在はさらに研究が進んでおり、壽屋独自の酢酸菌が生息していることも分かってきている。「この酢酸菌のみでのりんご酢製造なども検討し始めています」。りんご酢の持つポテンシャルの高さに、今後ますます注目が集まりそうだ。


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