発酵、その広く深き奥懐に分け入る日々を
ヤマモ味噌醤油醸造元

7代目が起こした老舗の革新
無数の偶然と何者かの意志によって取捨選択がなされた、必然のみの世界。154年の長い歴史を経ていま『ヤマモ味噌醤油醸造元』に在るものは、すべてに確かな意味を有している。
江戸末期創業、皆瀬川の伏流水を源に味噌・醤油の醸造を続ける老舗蔵元『ヤマモ味噌醤油醸造元』。地元の人々に愛され続ける伝統の味噌や醤油、だし醤油などを作り続けるとともに、世界の食文化と和の調味料との融合・進化を目指して“Life is Voyage”という理念を掲げ、海外展開とともに新たな価値創造を行なっている。老舗の急激な変革は、7代目当主である高橋 泰さんの人物像を色濃く映すもの。と、いうより、高橋さんの思想、思考、哲学が、老舗に新たな未来をもたらしたと言っても過言ではない。
跡を継ぐ気など、さらさらなかったという。大学ではデザイン工学と建築を学び、当然、建築家になることを考えた。しかし、内なる自分にヴィジョンを問いかけた時、そこにあったのは新しい建物を建てることではなく、歴史ある文化と新しい文化の融合した“何か”をつくることだと気づいた。振り仰げば、6代続いた家業がそこにあった。



まるで新たな天体の発見のごとく
蔵の150年と高橋さんが起こした革新、そして描く未来について知るならば、迷わず「YAMAMO FACTORY TOUR」に参加するのがいい。単なる蔵見学のプログラムに留まらず、発酵という世界の現在、世界における発酵と『ヤマモ』の位置づけ、そして岩崎というこの地と『ヤマモ』の未来など、マクロとミクロを横断するナレッジが得られるだろう。
酒蔵でいう酒母室にあたるラボラトリーは、かつての漬物蔵。ここを揺籃に、革命的酵母である「Viamver®」(ヴィアンヴァー)」の発見は果たされた。一般的な味噌・醤油蔵の酵母は好塩性(耐塩性)の性質を有しており、そのおかげで適度な発酵と保存性の高さを保っているが、塩分のないところでは極端にパフォーマンスを落とす。対して一般的なワインや日本酒の酵母は塩によってその活動が抑えられ、発酵に及ぶことができないものも多い。ゆえに酒蔵と味噌蔵は両立し得ぬもの、とされてきたわけだが、「Viamver®」は味噌の発酵酵母でありながら、0%から18%という幅広い塩分濃度の中で生育でき、しかもアルコールを生成する能力を持つというとんでもない酵母なのだ。新しい酵母を発見することでさえ、新しい天体を発見するより困難だとされる発酵の世界。味噌と酒の両方を醸すことのできる「Viamver®」が、どれほどの驚きをもって迎えられたかが、よく分かるだろう。
まったくの未知なる食体験を
旨みのもととなる有機酸の中でもコハク酸の生成能力を持ち、アルコールの醸成に長け、果実や吟醸香に似た華やかな芳香その他複数の特長を持つ「Viamver®」。この酵母を新たなオールに、高橋さんはさらなる航海を続ける。もろみ蔵の中に設えられた、小さなテーブル。「Gustation is Micro Journey(味覚は主観の旅である)」をテーマに展開されるコース料理のはじまりとして位置づけられたこのテーブルでは、「Viamver®」によって醸されたワイン「PROSLOGION」とアミューズを、味噌の芳香の中で楽しむことができる。この日は鯛の昆布締めと発酵させた柿とクリームチーズのスターター。添えられているのは、やはり「Viamver®」で香味野菜を調味したベジタブルソルトだ。鼻から入る香り、鼻へと抜ける香り、同じ酵母から生まれた複数の味わいが、鮮やかに出合って一体となってゆく官能。このひと皿に続く料理もすべて、「Viamver®」の恩恵と高橋さんやシェフたちの実験精神から生まれた。味わうごとに、「Viamver®」に翻弄されているような、侵食されてゆくような、不思議な感覚に身震いが起きた。
威風堂々たる蔵の中に広がる、かつて体験したことのない空間と思考、食の発見と悦び。『ヤマモ』が考える発酵の未来はまだまだ可能性に満ちており、その舳先は全世界へと向いている。


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- 取材・文:ナルトプロダクツ
- 写真:齋藤太一