天ぷらという料理の本質と豊かさを知る
てんぷら ひら井

『ひら井』の天ぷらは、言うなれば天ぷらの衣を着た割烹料理だ。ひとつひとつの食材が精緻に分析され、下拵えされ、衣を着せて揚げた時に素材そのものの地力を超えた味わいへと昇華し、完成する。そうなるように、平井真一朗さんは手を尽くしているのだ。


天ぷら専門店ではなく、割烹料理店や会席料理店での修業が平井さんの源流だ。日本料理の”幅”を知ったからこそ、天ぷらという隘路にも見える道に魅力を感じた。
「上手な料理人でも、10人が揚げたら10通りの天ぷらになるんですよ。正解を見つけるのが本当に難しい。だからこそ、おもしろい。天ぷらは、職人冥利に尽きる料理です」
平井さんの劇場は、お通しの一品からすでに始まっている。天種のイカや鯛の下拵えで出た端材を使った「いかしんじょう」や、車海老の殻でとったダシを煮詰めて作った「海老スープの白味噌仕立て」など、「始末の心」が活きたものだ。ダシの旨さ、そして続くお造りの端正にもまた、平井さんの源流が感じられる。


ちゅん、と油のはぜる音がし、カウンター上の皿に懐紙が敷かれた。いちばん最初はやはり車海老。活けのまま殻を剥いて掃除し衣にくぐらせ、勢いをつけ投げ入れるようにして油へと放つ。海老はこうすることで余分な衣が切れ、油切れもいい最高の状態に揚がる。さくっとした衣の食感の後すぐにぷっつりと小気味よい海老の弾力、熱く匂い立つ海老の風味。はくはくと熱さを転がすように噛めば、噛むほどに海老の甘さ香ばしさが広がる。これはストレートに塩でいい。揚げ油は綿実油が8割に太白胡麻油が2割。軽やか。
わずか10cmほどのめひかりを、平井さんは丁寧に捌く。中骨をおろし、一尾の状態に戻して揚げることで、口に骨のさわらない、ふわとろの純たるめひかりの味が堪能できるのだ。
相馬の青海苔は平らにかたちを整えて揚げ、よく火の通った香りを強調。
「色のきれいな種は薄衣で。衣がはがれやすいので低温から揚げていきます」
天種によって揚げる時間も温度も変え、衣の濃度や付けかたも変える。ゲストの目には見えないところで、とても緻密な計算が働いている。
『ひら井』劇場の幕間は、自家製のグレープフルーツドレッシングと鮪節の薄削りで味わうグリーンサラダ。油による口の疲れは全くないが、熱々に慣れた口がひんやりと心地よく、酸味が嬉しい。


第二幕の始まりは牡蠣の大葉巻き。「天ぷらにすると、食材の水分が抜けて味が凝縮するんです。でも牡蠣は下拵えの段階で水分量を調節してあるので、大葉で巻いて水分を保ってあげるんです」
平井さんに促され、レモン汁にちょいと付けてふっくりと膨らんだ腹の方から味わう。海そのものの塩気、磯の香り、ミルキーな旨みが波のように押し寄せる。大葉の風味もいいアクセントだ。
「腹側の方が旨みが濃いので、ぜひこちら側から食べてください。その旨みの余韻で、二口目のヒモや貝柱側もおいしく味わえます」
平井さんは、こうした味わいかたの提案をコースの中にたくさんしのばせている。次の深谷ネギもそうだ。蛇腹に包丁を入れた深谷ネギを筒切りにし、焦げめがつくほどに強く揚げる。半分に切って皿の上へ。
「横の土佐醤油に断面を浸して、その面を天にして少し時間をおいてください。すーっと下まで醤油が染みたら、食べ頃です」


相馬で水揚げされた穴子は、活けのまま2、3日泳がせて胃を空にし、〆たらすぐに捌く。こうして揚げた天ぷらは、あの穴子独特の泥臭さがまったくない。穴子本来の香りを、初めて知ったかもしれない。
最良の天種を求め全国を旅する平井さんの情熱が実ったひとつに、京都の名店「麩嘉」の生麩がある。もっちりとした弾力、ほのかな甘さ、胡桃の芳しさが心地よい。コースの締めは長野の市田柿。「菓子は干柿の甘さをもって最上とす」という先人の言葉に大いに頷く味わいだ。
ここまで天ぷら11品。驚くほどに飽きがこない。ほどよく満腹だが、まだ天ぷらが食べたい。こんな気持ちになる天ぷらは初めてだ。お好みを重ねるもよし、天丼や天茶で大締めとするもよし。平井さんとの会話もまだまだ楽しみたい。

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- 取材・文:ナルトプロダクツ
- 写真:池上勇人













