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賢治の生きた空と大地

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  • 文化・歴史探訪
  • 宮沢賢治
記事制作:
Kappo
賢治の生きた空と大地

花巻の南、北上川の近くに賢治が晩年に耕した畑の跡がある。道のまっすぐ向こう、小さな森のような高台が羅須地人協会のあった場所。賢治は農民となってそこに暮らした。白く浮かぶ雲は命を光らせ、青い空の海を流れてゆく。

宮沢賢治の童話世界を旅する

宮沢賢治

明治29年花巻に生まれる。生家は質、古着商を営む裕福な商家だった。盛岡中学、盛岡高等農林に学ぶ。稗貫(後に花巻)農学校の教師となるが5年で辞め、羅須地人協会を設立し自耕自炊の生活をしながら農民の指導を行う。童話、詩など多数の作品を著したが、生前に刊行した本は『春と修羅』『注文の多い料理店』のわずか2冊。死後にその作品が広く知られるようになり、年々その評価が高まっている。晩年は病のため療養生活を送り、昭和8年死去。享年37歳。

銀河鉄道の夜と賢治の森

岩手は不思議な県である。県民が何もない田舎と謙遜する土地なのだが、輝かしいばかりに多くの人材を輩出しているのである。中でも宮沢賢治は知名、人気におけるその筆頭といえるのではないだろうか。死後90年を経ても、その声価は更に高まっているように思える。宮沢賢治は花巻に生まれ、生き、死んだ。花巻を旅することは、宮沢賢治の世界を旅することでもあるのだ。

JR花巻駅から東におよそ1.5km。花巻の町に接して北上川が流れ、その岸に「イギリス海岸」がある。初夏の光を浴び、柳、栗、胡桃といった木々が青々と繁っていた。岸辺が歩けるよう整備されてはいるが、特別な景勝地というわけではない。だが、ここは賢治が親しみ、作品にも何度か登場した場所なのである。

北上川の幅は広く、視界のほぼ全てを青空が占めていた。川面を滑る風が涼しく、森の匂いが鼻先を過ぎる。

『銀河鉄道の夜』では、主人公ジョバンニと友人カムパネルラの乗る汽車が、ここと思われる海岸を通過する。

巨きな空を眺め、かつて賢治が見上げた星のさまを想像した。今とは比較にならないほど深く黒い夜空と満天にきらめく星。さざなみの水面を光らせた銀の河が頭上彼方を流れている。銀河鉄道に乗った二人はあの天空の川に沿って、北十字の白鳥座、わし座、いて座、さそり座と南へ向かい、地平線の先の南十字星へと旅をした。そして現実世界に戻ったジョバンニは、カムパネルラがこの川でおぼれ死んだことを知るのである。

賢治の時代には、イギリス海岸の近くを岩手軽便鉄道が走っていた。その汽車が銀河鉄道のモデルになったといわれている。

次にイギリス海岸の対岸、小高く繁った胡四王山を訪ねた。ここも賢治が歩いたところであり、現在は「宮沢賢治記念館」「宮沢賢治イーハトーブ館」「宮沢賢治童話村」と3つの施設が集まる、花巻観光で最も人気の場所となっている。平日にもかかわらず、駐車場には観光バスが並んでいる。

賑わいから外れ、小径の整備された森を歩いてみた。森の香りがいっそうに強く、緑が美しい。種類によって形も色も違う木々の葉が、光にきらめき、風にちらちら揺れる。立ち止まり、足元の小さな花を眺める。普段なら目にもとめない草花であっても、なんと美しいことか。鳥のさえずりが森じゅうに聞こえる。喧騒ともいえる賑やかさだが、それはむしろ心を安らかにしてくれるものだ。

自然と離れて暮らす現代の人々は鳥も木も草も、大抵の名を知らないのだが、賢治はまるで隣人のようにそれらと親しみ、優しいまなざしで見つめていたのである。

賢治が歩いた細くまっすぐな道

花巻市の中心部から南へ、豊沢橋を渡ってまもなくのところに、宮沢賢治が晩年を過ごした場所がある。駐車場に車を置き、小道を抜けるとそこに小さな広場があった。「雨ニモマケズ」の大きな詩碑が立つこの場所に、かつて賢治の暮らした家があり、そこが「羅須地人協会」であった。

宮沢賢治は20代の後半を農学校の教師として過ごした後、「本統の百姓になる」と宣言して学校を辞める。そして自宅から離れた祖父の隠居所に住み、畑を耕し、創作をした。農民への農業指導や講義を行い、レコード鑑賞会などもした。賢治は音楽にも親しみ、「星めぐりの歌」などの作詞作曲もしている。

羅須地人協会の跡地は、郊外のためか訪れる人も少ない。ここは河岸段丘の縁であるらしく、東が崖になっており、その下、北上川に削られた低い土地が見渡せる。

宮沢賢治は川っぷちの土地を開墾し、そこにとうもろこし、トマト、玉ねぎ、チューリップなどを植え、畑の縁をアスパラガスで飾った。それらは当時としてはハイカラな作物であり、そのこともまた賢治らしい。

丘の上から眺める風景が何ともいえずいい。空はここでも広く、雲が現れては消えながら流れてゆく。点となったトビが空の高さを教え、その下でヒバリの鳴き声だけが聞こえてくる。きれいに区画された田んぼは、稲の緑と麦の茶とに色が分かれていた。『グスコーブドリの伝記』で、ブドリが見た「美しいカードでできた」沼ばたけの風景である。その先、ブロッコリーのような一列の森が北上川の河畔で、その奥のなだらかな山が北上山地の西のはじである。

それは『どんぐりと山猫』の中の「たったいまできたばかりのように、うるうるともりあがって、まっ青なそらのしたにならんでいた」山そのものだった。

田んぼの中に、まっすぐ伸びる白い道。その先が賢治の耕した畑の跡である。玄関の黒板に書かれていた「下ノ畑」が、まさにそこなのだ。畑に続く細く短い道は賢治の通った道であり、彼の人生を暗示しているかのようでもある。

羅須地人協会の活動はわずかしか続かなかった。当時の農民から見れば、賢治の行動は浮世離れしているとも取られ、なかなか理解されるものではなかった。さらに警察からも聴取を受ける。昭和初期、不況にあえぐ日本が軍国化して行く時代であった。生来が病弱であった賢治は、やがて無理がたたって病に伏し、昭和8年、37歳の若さで亡くなる。宮沢賢治はまっすぐに法華経と日蓮の仏教を信仰していた。その晩年は、あえて刻苦の道へ歩いていったとさえ思わせるものがある。

森羅万象との自由な交感

宮沢賢治は驚くほど自由な心を持っていた。例えば北極星まで飛翔し、森の動物と交感し、傍らの石の中に大銀河を見ていた。それは稀有な童心と言い換えてもいい。小さな子供は石ころひとつで1時間でも2時間でも遊ぶ。彼の心の中では、それが自動車になり、怪獣にもなる。賢治の童話では、鉄道信号が恋をし、かしわ林が歌い、蟹の親子がやまなしの香りにうっとりとし、山猫が料理店にハンターを誘い込んだりするのである。

自由な心と豊かな感性は、子供であれば誰もが持っているものなのだが、それを無くしてしまうのは何時なのだろうか。成長するにつれ、世間との折り合いのために、常識なるもので心を窮屈に締めつけてゆく。

宮沢賢治はいつまでも子供の心を持ち、その上それを文学として表現する言葉を持っていた。賢治の読者は、彼の童話を通して童心を蘇らせ、想像力を飛翔させるのである。

賢治作品にしばしば現れる科学は、特異な魅力といえる。賢治は全国から逸材の集まった盛岡高等農林に、主席で入学した。基幹産業であった農業の高等教育機関は、日本でもまだ数えるほどしかなかったが、そこで最先端の科学を修めているのである。

例えば『銀河鉄道の夜』に出てくる「プリオシン海岸」のプリオシンは、モデルとなったイギリス海岸の地質時代である鮮新世のことであり、『グスコーブドリの伝記』では、二酸化炭素の温室効果の話が出てくるといった具合である。賢治の童話は想像力の飛翔する世界が圧倒的に大きい。

賢治の作品ではまた、独特のオノマトペ(擬態語)が多用される。クラムボンは「かぷかぷ」わらい、オッペルは稲扱器械を「のんのんのんのん」まわし、子供たちが又三郎を「きろきろ」と見る。これも大きな魅力だが、実は東北弁においてはオノマトペが極めて多い。賢治の作品では、オノマトペも花巻言葉も、音楽のような流れるリズムを作り出している。

賢治の世界では、岩手の大地に生きている大人も子供も、猫も鹿も蟻もきのこも、虹も星も電信柱も、あらゆるものが等しく命を持って語りかけてくる。賢治は「水や光や風ぜんたいがわたくしなのだ」といい、森羅万象と自由に交感をした。そこに仏教のみならず、東北の風土の底流にあるアニミズム(万物に対する精霊信仰)を強く感じる。それは自然と人間とが隔絶してしまっている今の時代にあって、宮沢賢治が注目される重要な要素ではないだろうか。

宮沢賢治は、彼が愛したドリームランドとしての岩手(イーハトーブ)の、風土が生み出した人なのである。

イギリス海岸

北上川の西岸、青白い泥岩層が露出する独特の風景。宮沢賢治はここをドーバー海峡の白亜の海岸に似ているとして、イギリス海岸と名付けた。賢治の生家からも近い場所。未完の代表作である『銀河鉄道の夜』に登場し、『イギリス海岸』という作品も残している。賢治はここで貴重な胡桃の化石を数多く見つけている。

空がどこまでも広く、風が何とも心地よい。名前の由来である泥岩の層がわずかに露出していた。

宮沢賢治イーハトーブ館

1階にある展示場では、宮沢賢治に関する各種企画展示を開催。喫茶コーナーも併設。売店「猫のじむしょ」では、賢治に関する本やCD、グッズを多数販売。ホールでは賢治作品のアニメ上映も行う。2階には、宮沢賢治関連の著書や論文等を収めた図書室があり、レファレンスも対応(要予約)。宮沢賢治の研究者と愛好者が集う広場として設立された「宮沢賢治学会イーハトーブセンター」の事務局が置かれ、各種セミナーが定期的に開催されている。

森の緑に囲まれてある宮沢賢治イーハトーブ館。入り口には賢治のモニュメントが。周辺もじっくりと歩いてみたい。

宮沢賢治イーハトーブ館

住所
岩手県花巻市高松1-1-1
電話
0198-31-2116
開館時間
8:30~17:00(最終入館16:30)
定休日
12/28~1/1
料金
無料

※取材時の情報です

住所
岩手県花巻市高松1-1-1
電話
0198-31-2116
開館時間
8:30~17:00(最終入館16:30)
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宮沢賢治記念館

宮沢賢治を知るには、まずはここを訪ねたい。貴重な遺品や資料などを多数展示し、童話作家、詩人、科学者、仏教信仰者、農業指導者など、いくつもの顔を持つ宮沢賢治の、37年の生涯と広大な作品世界を、写真パネルや映像を駆使して詳しく紹介している。記念館は花巻市の東、胡四王山の中にあり、雑木林の緑に囲まれた美しい環境。館内には喫茶コーナーもある。宮沢賢治イーハトーブ館、宮沢賢治童話村も隣接してある。

館内に賢治が愛用したチェロが展示されている。『セロ弾きのゴーシュ』のゴーシュと宮沢賢治がオーバーラップする。

宮沢賢治イーハトーブ館

住所
岩手県花巻市矢沢1-1-36
電話
0198-31-2319
開館時間
8:30~17:00(入館は16:30まで)
定休日
12/28~1/1
料金
350円

※取材時の情報です

住所
岩手県花巻市矢沢1-1-36
電話
0198-31-2319
開館時間
8:30~17:00(入館は16:30まで)
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ポランの広場・胡四王山

ポランの広場は宮沢賢治記念館と宮沢賢治イーハトーブ館の間の斜面にあり、名前は賢治の作品からつけられた。雑木林の美しい緑に囲まれた一角には、賢治が設計して花巻温泉に造られた「日時計花壇」や「南斜花壇」が再現されている。賢治関連の施設が点在する胡四王山は、山頂部に胡四王神社があり、境内からの眺めが素晴らしい。一帯は賢治の森として散策路が整備されており、鳥の声を聞きながら歩くのもいい。

ポランの広場の日時計花壇。賢治が花巻温泉に造ったものを復元した。時計の文字盤に花があしらわれている。
美しい緑の中に賢治作品をイメージさせる様々なものが置かれている。この森そのものが賢治世界の入り口である。

宮沢賢治童話村

宮沢賢治の童話世界や自然を、五感で体感できる施設。広大な敷地には、銀河ステーションや妖精の小径、ふくろうの小径といった緑の美しい散策路の他に、芝生広場もある。メイン施設の「賢治の学校」では、賢治作品をモチーフにした「宇宙」「天空」「大地」「水」の各部屋が次々と現れる。「賢治の教室」は、童話に出てくる植物、動物、星、鳥、石が学べる施設。「森の店っこや」では賢治グッズや花巻の名産品を買うことができる。

賢治の学校のファンタジックホール。壁の本棚には森や星空など、賢治童話の風景が映し出される。
童話村の『月夜のでんしんばしら』。「ドッテテドッテテ」と隊列を組んで行進。
賢治の学校の、のっぽになるゲート。童話村には賢治世界の学びと遊びがあり、修学旅行でも人気が高い。

宮沢賢治童話村

住所
岩手県花巻市高松26-19
電話
0198-31-2211
開館時間
8:30~16:30
定休日
12/28~1/1
料金
一般350円、高校生・学生250円、小・中学生150円

※取材時の情報です

住所
岩手県花巻市高松26-19
電話
0198-31-2211
開館時間
8:30~16:30
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賢治自耕の地(下ノ畑)

宮沢賢治は花巻農学校の教師を辞め、花巻の南郊にあった祖父の隠居所に「羅須地人協会」を設立し、自耕自炊の生活を送った。そしてその高台の下、北上河畔の薮地を開墾して自ら耕した。「下ノ畑」と呼んでいたその場所は、今も残っている。賢治が住んでいた建物は移築され、現在は花巻農業高校の敷地内にあり、見学することもできる。羅須地人協会の跡地は広場となって賢治の童話世界をイメージさせる林風舎の建物。JR花巻駅のすぐ近く。 おり「、雨ニモマケズ」の大きな詩碑が立っている。

賢治が晩年に住んだ「羅須地人協会」の建物跡から見下ろした、河畔の田園風景。それは童話の世界そのままに美しいものだった。この道の先に「下ノ畑」があった。
羅須地人協会の跡地には詩碑が立ち、解説板が置かれている。「下ノ畑ニ居リマス」と書かれていた。
賢治の耕した「下ノ畑」の場所では、今も耕作が行われている。賢治が現れそうな静かな田園風景。

林風舎

JR花巻駅にほど近い通りに立つ瀟洒な建物。1階では宮沢賢治関連のグッズや小物雑貨を販売、2階が喫茶室となっており、賢治世界に包まれて静かに時間を過ごすことができる。グッズは作品をモチーフにした雑貨から、版画作品、精密に復元した自筆原稿など多岐にわたり、賢治ファンが全国から訪れる場所。オーナーの宮沢和樹さんは賢治の弟清六さんの孫にあたる人。林風舎の名は『北守将軍と三人兄弟の医者』に登場する、リンプー医師からとった。

賢治の童話世界をイメージさせる林風舎の建物。JR花巻駅のすぐ近く。
2階は喫茶室となっており、書籍やアクセサリーも置かれている。

林風舎

住所
岩手県花巻市大通り1-3-4
電話
0198-22-7010
開館時間
10:00~17:00
定休日
木曜

※取材時の情報です

住所
岩手県花巻市大通り1-3-4
電話
0198-22-7010
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雑誌掲載日   
※本記事の情報は掲載時の情報です

  • 取材・文:菅原ケンイチ
  • 写真:池上勇人